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A Life in Backpackers’ Japan 酒と音楽、宿を武器に世界をまぜる社長の人生と、諸事もろもろ

See You My Grandfather

 

小さい頃、オレは新しい公園に行くのが好きだった。

一度行った公園に行くのが嫌で、故郷の喜多方の公園を片っ端から制覇して回った。

いつも、じいちゃんの自転車の後ろに乗って。

 

我がままを言うオレに、いつも笑ってうなずいてくれていたじいちゃん。

 

そのじいちゃんが、死んだ。

 

その日はすごい晴れていて、オレは海に入っていた。

サーフィンを始めたばかりのオレはそれはもうヘタクソで、全然良い波なんて取れない。

でも、その日に限って一本だけ、本当に綺麗で良い波を取れた。

なんでこんな波に乗れたんだ?

ってずっと考えてた。そしてやはり、そんな波はその後もずっと取れることは無かった。

 

車に戻って携帯への着信に折り返したら、ちょうどそのくらいの時間にじいちゃんが逝った事を知った。

 

 

昨日、一昨日とお通夜とお葬式。

うちの親父が喪主。

親父が、皆へ向けての挨拶でこんな事を話していた。

 

「うちの父は、本当に厳しい人でした。

つい少し前までは、私もまだ怖かった。

厳格な父でした。

そんな父はいつも、オレは親父に厳しく育てられたんだ、と自慢していました。

私は、そんな父の教えの10分の1も受け取れていないかもしれない。

そして私の息子達には、その10分の1も伝えられていないかもしれない。」

 

ここでオレは感情が詰まってしまって、この先の話を覚えていない。

 

でもね、オレも、親父に厳しく育ててもらったと思っている。

そして、本間家は厳しいぞって、誇りに思ってる。

その中で生きてきたんだって。

だからオレの中には、守るべきものがあるんだって。

 

これはね、有難い事だと思う。

色々な事が起こる人生の中で、絶対的な軸を叩き込まれている。

 

死ぬ少し前、入院している病院でじいちゃんはオレの息子の惣一朗を抱いて、

少しだけ涙を流した。

 

ありがとう。って。

 

惣一郎が生まれて、

オレが親父になって、

親父がじいちゃんになって、

じいちゃんが天国に逝った。

 

世代交代はこうやって進んで行くものだけれど、

そこには落とさずに続く意志があることを知った。

 

改めて、精一杯生きて行こうと思う。

人に、向き合っていこうと思う。

 

 

Hello Organization

 

 

高く抜ける、青い空。

秋。

 

Backpackers’ Japanで働く人は、現在25名。

少しだけ、大きくなりました。

そしてこれからも、大きくなっていきます。

 

組織というものについて、そしてその中での経営というものの役割について、

今考えていることを書く。

 

3年前、宿を4人で始めた。

その頃は全員が選手。

自分で点を取りに行くのが皆の仕事。

オレもバーに立ち、皆と飲み、音を聴き、笑い。

来てくれたゲストが少しでも喜んでくれるようにそれぞれが考え、

それぞれが動いていた時間。

 

そこから1年少しが立ち、選手の他に監督が生まれた。

俗に言うマネージャー。toco.でいう女将。

自分もプレーはするけれど、主な仕事は「判断・指示する」こと。

どのような戦略をとるのか、何を良しとし、何を悪しとし進むのか。

それを周知させ、選手を動かす役目。

 

そしてさらに1年。

現在。

今のBackpackers’ Japanには

監督が3名、選手が19名いて、2つのチームが動いている。

toco.とNui。

 

そんな今、会社に新しい役割ができた。

経営。

それは言うなれば「協会」のようなものだと思う。

サッカー協会とか、バスケットボール協会とか。

 

協会の役割は、

サッカーが安全に行われるように環境を整えること。

サッカーが健全に行われるようにルールを整えること。

そして、サッカーの魅力を世の中に伝え、広げていくこと。

 

こういう仕事をしていくのが、俗にいう「経営」なんじゃないかと最近は考えている。

 

自分はもう、選手ではないことに気づく瞬間がたくさんある。

もう、今のバーテンには勝てない。

料理も作れない。

掃除だって、メイキングだって、今のスタッフのほうがオレより格段に早い。

レセプションの接客も、だんぜん素敵。

 

じゃあ、経営陣と呼ばれる者たちは何をすべきなのかと。

それを考えた答えが、この例えだった。

協会。

 

実際にプレーをする選手(アルバイト、ヘルパー、準社員)。

それを指揮する監督(正社員マネージャー)。

環境を整え、ルールを改善する協会(経営陣)。

 

サッカーのルールを作った人がいて、

その環境を整え続けてる人がいて、

指揮する監督がいて、

プレーする選手がいる。

 

この全ての流れが作る一瞬を人々が見て、歓声を上げるわけだ。

時には息をするのも忘れるようなプレーで、人を魅了するわけだ。

 

組織とは、会社とは、なんて面白いんだろうと思う。

 

オレは今、環境を作る「協会」にいる。

プレーしてた時代が懐かしく、時々うらやましくなったりする時もある。

けれど、選手と監督が嬉しそうに右手を上げている瞬間を見れることは、

今オレたち経営陣が持つ最高の幸せなんじゃないかと思う。

 

 

 Nui×hub

 

 

Hello Shigoto

 

仕事とは何かを、考える。

 

よく楽しそうですねとか、わくわくすることやってますねとか言われるけれど、

それは間違ってはいないのだけれど、

中心から少しずれている。

 

だから自分がどういう道を選択するかに迷う時、

たいがい迷っているのだけれど、

この「楽しい」とか「わくわく」を指針にしてしまうと

たいがい腑に落ちない。

 

あとで判断をひっくり返すことになる。

 

じゃあ、どうやって決めていくのかと。

仕事とは何なのか。

しいては、生きるとは、なんなのかと。

 

ここを突き詰めない限り、やることが支離滅裂になってしまう。

それはそれでいいのだけれど、

深いことは出来なくなってしまうでしょう、きっと。

 

空に向かって、よく「オレに役割をくれ」って言ってた。

力は有り余っているし、一生走り続ける覚悟だって出来ている。

だから何か、この時代の代弁者としての何か、役割をくれって。

 

でもね、最近思うのは、それは少し違っていたなってこと。

役割はお願いしてもらうもんじゃない。

どうやら自分で決めるもんだ。

 

仕事ってのは、何に仕えるか、ってことでしょう。

自分が何に価値を見いだし、そこに身を仕えるか。

 

だから楽しいかどうかってのは、あまり問題ではない。

もちろん、泣いてるよりは笑っている方がいいんだけれど。

 

でもこうやって考えれば、見えてくるものがある。

これに仕えていこうと、決めることができるものがある。

 

それはこのBackpackers’ Japanという会社であり、つまりはその理念と、そこに根付きつつある生きる姿勢。

 

「あらゆる境界線を越えて、人々が集える場所を」

 

人は個人であると同時に、時代と社会の代弁者でもあると思うんだ。

個人の意見と行動というものは、時代と社会によって形成されるものなのだから。

 

現在の世界における次なる課題はなんですかと問われれば、

自分は以下の2つだろうと答える。

 

1:地球が持続していけるライフスタイルの確立

 

環境保護だってそうだし、戦争しないことだって、核の問題だってそう。

自分たちの代で地球という母体を壊してしまうのは、というか、自分たちの子供達が大変に辛い思いをするのは、

あまり好ましくないだろうから。

 

2:グローバル化

 

FacebookやTwitter、iphone、LCCなどを見ればわかるように、世界の境界線はどんどん取り払われてきている。

国や思想が引いた線を、企業やアイディアが乗り越えていく時代。

これはまったくもって素敵なことだとオレは思う。

世界の深みを共有する仲間が増えるのだから。

 

1に関しては、オレまだよくわからない。

人間の本質を相手にした時に、果たして持続可能な社会は創造可能なのか。

そして、地球の中の人間という生き物の持つ役割はなんなのか。

 

でもね、2ならわかる。

それに、どうやったらそれが達成できるのかも想像できる。

 

ということで長くなってしまったけれど、

こうやってオレは、オレたちは2番を仕事に決め、宿を武器にとり、その理念と作り出す空間に仕えることにしたのです。

 

Hello Seniors

 

大阪に、素敵なおっちゃんがいる。

長身で、白髪。

落ち着いた雰囲気と、時々見せる少年のような弾み。

 

自分の家を、予約制の古本屋さんにしていて、車を売ったりもして。

言葉を選んで話しているのがよくわかる人。

 

そんな58歳の彼がNui.に来てくれたときの話。

 

「本間君、50代になったらね、まるで20代に戻っていくかのように感じるんだ。

20歳を越えると好みがでてくるだろう。こだわりも。

そうやって色んな物にこだわるようになって、自分を作って行く。

ところが。50歳になる頃に気づくんだよ。カウントダウンが始まったって。

あと20年くらいでオレは死ぬんだって。

そしたらさ、本当に自分が好きな事しかしたくなくなる。

こだわってた色々なものを捨てるようになって。

そうすると、不思議なことに20代で好きだった事、楽しかったことに戻っていくんだよね。

でもね、20代で好きな事をやってないと、楽しんでないと、戻る所が無くなっちまう。

そういうのは、つまんないよな。」

 

どきっとした。

だから好きな事を一生懸命やりなさい、とか、そういう事は一切言わなかった。

これだけ言って、ちょっと笑ってたのが、すごく嬉しかった。

 

こういう人に会えることが、そしてお互いに自分の言葉を使って話をできることが、

日々の活力になる。

仕事をしている意味になる。

 

昨日から会社が第5期を迎えました。

応援してくれている皆さん、いつも、ありがとうございます。

 

Hello Impact

 

オレらの先を、ずっと先を走ってる人たちに会いたいんだ。

うわっ。こんな人いるのか。こんな音楽が。こんな料理が、こんな空間が、

こんな生き方が、あったのか。

 

こういう感動が好きで動いている。

 

可能性を感じていたい。

躍動していたい。

速度をゆるめずに、走っていたい。

 

社会に対してのインパクトとか、イノベーションとか。

いやいやそれもそうなんだけど、

自分たち自身への衝撃と革新を。

 

シャープで、わざとらしくない変化を。

 

何かを作るには、何かを出すには、

その前に必ず何かを吸収したり、入れることが必要だと思うんだ。

そうやって中に貯めたツールを使って、

自分たちの深い部分を表現していくこと。

 

これが新しい発見と、新しい世界の広がりに繋がって行く。

と、思う。

 

砂漠の町PalmSpringsと先進都市Portlandに行って来たよ。

 

 

 

 

 

かっこいいとか、

居心地がいいとか、

デザインとかセンスとか、

そんなんはどうでもいいんだ。

 

入った瞬間に心が震えるような、

むしろ出逢ってしまったことを少し後悔するくらいの、

空間と時間を創っていこう。

 

オレらにしかできないことを。

オレらが、創りたいものを。

 

Hello Another Mountain

 

2月、3月とミクロネシア連邦トラック諸島に行って来た。

 

グアムまで4時間のフライト。

乗り換え。

モエン島まで1時間半のフライト。

 

小さな島がたくさん集まった一つの国。

メインの移動手段はボート。

国土の80%には電気が通ってなくて、

人口の90%の人々が自給自足。

 

本島のモエン島ではなんと、

同じ箇所を10年間も変わらず道路工事してるらしい。

むしろ少しずつ悪くなっているとのこと。

ぼこぼこの砂利道が、ずっと続く。

作業は、進まない。

そもそも進める気が無いようで

僕らのほうを見ては皆、笑顔で手を振っている。

 

手を振ってない人たちは、寝てる。

 

いわゆる先進国が途上国支援だなんだと言って立てた電波棟は、

住民の皆がすぐに壊して、

鉄くずにして売って、

みんなで飲んで終わったらしい。

 

悪くない。

 

ここの国の人たちは、

文明とか

お金とか

所有とか

リッチとか、

そういうのに興味が無いらしい。

 

頑張るのが嫌なだけかも。

 

でもご想像の通り、みんなよく笑う。

 

町を過ぎた所にある小さな船着き場。

これまた小さなボートに乗って40分。

 

 

Jeep島に到着。

直径30m、ダッシュ5秒の南の島。

 

 

 

海に潜る。

 

 

 

 

Jeep島の周りは一周すべて珊瑚礁。

 

「Jeep島が山の頂上になっているんだ。

ここから深い所まで、珊瑚が続いている。」

 

珊瑚にはたくさんの、本当にたくさんの魚たちが住んでいる。

まるで地上の森を空から眺めているかのよう。

 

そこはオレたち人間とは違う世界。

でも確実に、そこに存在するもう一つの世界。

 

魚たちは目を丸くして(本当に目を丸くするかのようにこっちを見るんだ)、

こいつら誰?と珍客を迎える。

 

すげえ。

地球は一つだけど世界はいくつもある。

当然だけど、

生きているのは人間だけじゃない。

 

手に取れそうなくらいのリアルな実感として自然を感じた。

 

 

 

 

夕方。

ご飯のおいしそうな香りと共に飲むウィスキー。

水っぽいビール。

 

 

 

 

夜。

星空の下、砂浜の上で眠る。

 

 

日本に帰ってきてから思う。

本当に東京のこの雑踏と、

あの島は繋がっているのだろうか。

今も同じように、時は流れているのだろうか。

 

東京よりあの島の方がいい。

資本主義より自然に還るほうがいい。

 

そんな事ではない。

 

けれど同じ地球、同じ時間にこういう所がたくさん存在するのだとしたら、

そりゃあ存在するわけだけど、

動き回りたいと思う。

 

色々な場所の心地よさや不快さを、感じたい。

嬉しさや悔しさを、深めていきたい。

 

自分がいる場所、自分が生活する空間、一緒にいてくれる人々の存在を、

心の中に確かなものとして保ちたい。

 

 

 

 

Hello Niseko

 

 

2013年2月1日

 

大工さんからの電話をきっかけに、北海道はニセコへと飛ぶ。

ここにくるのは9ヶ月ぶり。

そう、Nui.のバーカウンターを買いに来て以来。

 

その時からずっとお世話になってる大工さんと、その奥さん。

「ひろくん、オレらもこっちで、宿やろうかと思ってさ。相談したいんだけど、来れる?」

「もちろん!」

 

はりつめた空気。

白い息。

雪景色。

眼が綺麗な人々。

温かい家。

美味しいスープ。

 

この土地、やっぱり好きだ。

そしてそんな土地にいる、大好きな大工さんの役に立てるなら、

これはもう、本当に素敵なこと。

 

仕事やってきてよかったと、再確認。

 

まだ、宿をやるかどうかはわからないのだけれど、

出来たら絶対にいい。

楽しみ。

 

もちろん、あいた時間は雪山。

上質のパウダーで有名なニセコを、

有名なプロスノーボーダーでもある奥さんと、大工さんと一緒に滑る贅沢なひと時。

 

もうね、全く違う。

スノーボードやってきたつもりだったけど、もう、ほんとに、まったく違う。

別物。

Sheesaさんの安定感、スピード、美しさ。

ムービーでは出てこないオーラ。リアル。

 

圧巻。

 

少しでもそんな滑りを真似したくて、色々教えてもらった。

 

「ひろくん、体幹が大事。

軸はまっすぐ下に降ろす。ぶらさない。

けれど、上体は柔らかく、周りを良く見て、大きく変化させながら。

視線は、次に行きたい方の、そのまた遠くを見る。」

 

まるで会社の事を教わっているような、

生き方を教わっているような。

 

重心は低く、安定しながらも、

上体をダイナミックに周囲に合わせていく。

 

好き勝手、縦横無尽に走っているようでいて、それと同時に、というかそれはつまり、

自然と調和しながら、「流れ」に乗っているんだと感じた。

 

こういうのを「自由」って言うんだ。

 

大工のくわさんともリフトで話す。

 

「あの木は、ナラだな。

ああやって毎年雪をかぶって、曲がって、春から立て直して、

また雪かぶって、そうやって強くなっていく。

立派だろう。」

「やっぱり、環境は厳しいほうが太く育つんですね。」

「そうだな。そうやって、美しい森になってくからな。」

 

人間だって、自然の一部には変わりない。

 

雪かぶりながら、よっこらしょっていつも起き上がって、

それを繰り返して、

少しずつ強くなって、太くなって、美しくなって、

朽ちて、

次の世代の栄養になっていく。

 

意味なんて知らない。

けれど、これは、きっと素敵なことだ。

 

 

東京に戻ります。

 

 

 

Hello Beauty

 

「筋を通すのは、一本。そう何本も通そうとすると、うまくいかないものよ。

絶対はずせない筋を、決めなさい。

そしてその他は、人と場合に合わせて、臨機応変にね。」

 

オレが22の頃、福島大学の生協のおばちゃんに言われた、

衝撃の一言。

 

良い言葉には不思議と、身体が「これは本当の言葉だ」と反応する。

 

自分の好むものは、

自分の作るものは、

自分が深く関わるものは、

シンプルであって欲しい。

強くあって欲しい。

 

そしてそれと同時に、

多種多様で、

優しくあって欲しい。

 

一見相反するこの2つの側面を揃えて、つまりは、

「美しい」という状態に昇華できると思うのです。

 

空気をいじりたい。

 

内装か接客かとか、

売上かサービスかとか、

自社か他社かとか、

どっちが正しいかっていう対立ではなくて、

むしろそんなものはどうでもよくて、

空気にとことんこだわりたい。

 

すべての要素がシャープに絡み合い、

シンプルに表現し伝えるもの。

「空気」。

 

これは、人間の持つ伝達手段として最強ではないかと、思っている。

 

1つの筋に、強さを持ってとことんこだわること。

そしてそれ以外は、優しさを持って受け入れていくこと。

 

これがその場の、その人の空気と時間の流れを、

地球に近づける。

 

Hello My Friend

宇都宮東口、みんみん。

焼き餃子、水餃子、揚餃子、全部6個で240円。

ビールが400円。

 

並ぶお客さん。

このまま続ければ、売上はがんがん上がるというのに、

8時きっかりに店を閉める。

「ありがとうございましたー!閉めまーす!」

そうだよな、売上のために店やってるわけではないもんな。

働く者たちの、ナイスな姿勢を見た宇都宮の1月。

 

時間は戻り、夕方6時。

オレは大好きな友人と二人、

ビール片手に餃子をほおばりながら、自分の事を話始めた。

 

「最近、いや、ずっとそうなんだけど、働く意味を考えるよ。

不思議なんだ。自分に攻撃するつもりは無くても、気づかないうちに誰かを攻撃してしまうし、

大事なものを守るためには、やはり何かを攻撃しているような気がする。

誰かが笑えば、誰かがその裏で泣いている気がする。

なんのために働いてるのか、時々わからなくなるんだ。」

 

こういう話を出来る友人が近くにいるってことは、本当に有難い。

 

そして彼はこういった。

「オレは、ずっとそうだけど、ぶれて無いよ。自分の地元が好き。大切。

だから、自分が働くことで、地元を盛り上げたい。地元の若い連中と、一緒に働きたい。

どの頂きに登るか、なぜ登るかってのは、あまり重要ではない気がするんだ。

もちろん、頂きから振り返って見た時の眺めは最高だけれど、

そこまで行く道のりってのかな。それがいい。

苦労して、迷って、少しずつでも登っていく姿が、いい。

オレは誰も通って無い道をいくよ。何故って、自分の作った道を、地元の若いやつとか、

日本の若い奴らが後から通ってくるじゃんか。オレは、それが嬉しいんだよ。

そして、そのうちそいつらも、オレの道からはずれて、自分の道を造り始める。

そういうのがいいんだよね。だから、思いっきり歩く。

一人が通れる道じゃだめなんだ。みんながついてこれるくらいの道幅まで、草木をなぎ倒していかないと。」

 

そして、別れ際。

 

「ひろ、話せてよかったよ、ありがとう。

こういう話をしてるとさ、話してる中で自分が少しずつわかってくる気がするんだ。

だから、ありがとう。」

 

もう、本当に素敵な奴だなと思っちゃったよ。

別れ際の一言に込められた優しさとか、謙遜とか。

 

仕事に対するぶれない姿勢。

大切にしているもの。

 

この友人は、震災後の石巻に一緒に行った仲間なんだけど、

その時も一貫した姿勢だった。

 

「申し訳ないけど、オレは東北を救いたいとか、そういうのじゃない。

次は、自分の地元もそうなるかもしれない。

だから、その時に、しっかり動けるように準備しておきたいんだ。

それでも、いいかな。」

 

でも、こう言いながら、人一倍東北の人と一緒に汗を流し、笑い、涙し、

結局はオレらの中で一番長く活動を続けている。

 

なんだか、結局何が言いたいかわからない文章になっちゃったけど、

要は、そういう奴が周りにいてくれることが、

これが本当に素敵で、嬉しいってこと。

 

仕事やっててよかったなって、心から思える。

 

さあ、今日も晴れ。

 

トラックの荷台に詰め込んだものは、

宿で使う古いテーブルと、外に置くベンチ。

かっこいい灰皿とスツール。

みんな、喜んでくれるといいな。

 

ラジオからはAM810。

 

東京に、仕事場に、戻りましょうか。

 

Hello Kotowari

 

理を示す言葉は数多くあるが、

その中にひときわ目立つ存在としてあるのが「変化」。

 

すべての生命に平等に与えられた「生」と「死」。

時の流れが絶えず変えていく今に順応するために、命は死に、生まれる。

 

言い方を変えれば。

時が作り出す変化が早すぎて、一つの個では変化に追いつけない。

だからいつも命をリセットして、「より良い」次の命に繋いでいくんだと思う。

 

だとすれば、生きることとは、死ぬこととは、

過去から何かを受け取り、未来に何かを投げるという作業ではないか。

 

オレは、オレたちは、どう生きて、どう死ぬのか。

歴史という大きな流れから何を受け取り、未来に何を投げるのか。

 

ということで、

みなさん、遅れましたが明けましておめでとうございます!

 

今年の本間貴裕の目標は「重心を低くする」。

 

これからもスタッフ一同、

調子にのらず嘘をつかず、一歩一歩進んでいきますので、

変わらずご指導ご鞭撻の程、よろしくお願い致します。

 

 

 

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